大阪地方裁判所 平成3年(ワ)2985号 判決 1994年1月28日
②事件
原告
ヒッグス・アラン
右訴訟代理人弁護士
美並昌雄
同
浅野博史
同
小林二郎
同
高野嘉雄
同
後藤貞人
同
氏家都子
被告
国
右代表者法務大臣
三ケ月章
右指定代理人
山口芳子
外三名
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一当事者の求めた裁判
一請求の趣旨
1 被告は原告に対し、一〇〇万円及びこれに対する平成三年四月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 仮執行宣言
二請求の趣旨に対する答弁
1 主文同旨
2 仮執行免脱宣言
第二事案の概要
一争いのない事実等
1 原告は、昭和五六年一〇月二三日、日本国籍の妻と結婚し、同人との間に日本国籍の二人の子供を有するイギリス国籍の外国人である。
2 原告は、肩書地に居住していたところ、平成三年四月二一日に行われる大阪府池田市市議会議員選挙(以下「本件選挙」という。)において選挙権を行使すべく、同月一四日、原告の住所地を管轄する大阪府池田市選挙管理委員会を訪れたところ、日本国籍を有しないため選挙の投票ができない旨を告げられ、本件選挙を行い得なかった。
3 本件は、原告において、原告が本件選挙を行い得なかったのは、選挙権の行使を日本国民にのみ認めて定住外国人に認めない公職選挙法、地方自治法の規定は違憲であり、国の公権力の行使に当たる公務員である国会議員、内閣総理大臣、国務大臣が、右違憲の法律を改廃して右違憲状態を解消すべき職務上の義務があるのに、故意又は重大な過失により違法にもこれを怠ったためであり、原告は本件選挙を行い得なかったことにより多大の精神的損害を被ったとして、被告に対して国家賠償法に基づいて慰謝料の支払いを求める訴訟である。
二原告の主張
1 公職選挙法、地方自治法の違憲性
(一) 被告の立法府である国会は、昭和二五年五月一日、公職選挙法を施行したが、同法九条二項は、地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を有する者を日本国民すなわち、日本国籍を有する者に限り、日本国籍を有しない者には選挙権を認めておらず、また、地方自治法一一条、一八条も同様に定めている。
(二) 憲法は一五条一項において、選挙権を「国民固有の権利」であるとして保障しており、従来(一)記載の国籍要件は右の規定から当然視されていたが、国籍は、憲法の下位法である法律(国籍法)によって決められる人為的な資格であり、一方、基本的人権は、人間であるとの属性に基づいて保障されるものであるから、外国人が選挙権を有するか否かは、形式的な国籍の有無によって決するべきではなく、民主主義における選挙権の意義・本質ないし国民主権の意義・本質から、憲法一五条一項にいう「国民」とは何かを検討した上で決しなければならない。
国民主権原理のもとにおける国民は、自己の意思を決定し、それを実現するために、代表制を通じて政治的意思決定に参加し、国民と代表者との意思の同一性を図るのであり、このように国民が政治的決定に参加し得るがゆえに、自己の意思に反する政治的決定を受け入れ得るのであって、これが民主主義の基礎である。
したがって、政治的決定に従わざるを得ない者すなわち、その「社会の構成員」は、国籍という形式的要件の有無にかかわりなく、当然政策決定に参加できるというべきであり、政策決定に最も有力な手段である選挙権を有するというべきである。
そして、外国人のうち、日本に生活の本拠を有し、その生活実態が日本国民と同一である「定住外国人」については、日本社会の構成員であることは明らかであるから、選挙権を有するというべきである。
(三) また、定住外国人に対して選挙権を与えないことは、合理的な理由のない差別的取扱いであり、憲法一四条に違反する。
(四) とりわけ、地方自治体においては、次の理由から、定住外国人に選挙権を付与すべき根拠がある。すなわち、第一に、憲法九二条に規定する「地方自治の本旨」からする要請である。「地方自治の本旨」の中心をなす「住民自治」を実現するためには、定住外国人を含む地域の構成員(住民)に選挙権を付与する必要がある。第二に、憲法九三条二項、九五条は、地方公共団体における選挙権については、「国民」ではなく、「住民」と規定しており、これは国籍によるのではなく、その地方自治体を構成している者、すなわち、右地方公共団体の区域内に生活の本拠を有し、定住している者に選挙権を付与することが地方自治の本旨に合致するとの趣旨を表したものである。第三に、少なくとも地方自治体においては、外国人の選挙権を認めることが世界的趨勢であり、ヨーロッパ先進国(スウェーデン、デンマーク、オランダ、アイルランド、スイス、スペインなど)を中心に外国人居住者に地方自治体の参政権を与える国が増加している。わが国においても、これを認めることが人権尊重、国際協調主義の精神に合致するというべきである。
(五) 以上のとおり、外国人に一律に選挙権を認めない、公職選挙法九条二項、地方自治法一一条、一八条は、憲法一五条一項、一四条一項、九二条、九三条二項に違反する違憲無効の規定である。
(六) そして、原告は、昭和五六年一〇月二三日、日本国籍の妻と結婚し、同人との間に日本国籍の二人の子供を有するイギリス国籍の外国人であり、昭和五七年三月二九日に来日し、昭和六二年五月二二日、出入国管理及び難民認定法にいう永住許可を受け、現在、語学教室、翻訳を業とする会社を経営し、日本人や外国人を雇用している者であり、実質的には帰化をしたと同様であり、納税義務も負担しており、その生活の実態が日本国民と同一である定住外国人に当たるから、本件選挙について選挙権を有する者である。
2 被告の責任の根拠
(一) 国会議員について
国会議員は、憲法に違反する法律が存在し、現に憲法に違反する差別的取扱いがなされている場合には、違憲の法律を改廃し、違憲状態の解消に努めるべき義務があり、右義務を不作為により怠った場合には、右不作為は、公務員の違法な公権力の行使に該当し、かつ、右不作為について、国会議員の故意又は重大な過失がある。
(二) 内閣総理大臣、国務大臣について
歴代の内閣総理大臣及び国務大臣は、違憲の法律が存在する場合には、違憲状態を解消させるために、これを改廃すべき義務を負っていたにもかかわらず、何らの法律案の発案もしなかった。右不作為は、内閣総理大臣又は国務大臣の違法な公権力の行使に該当し、かつ、右不作為について、故意又は重大な過失が存在する。
3 原告の損害
原告は、本件選挙において投票できなかったことによって、多大な精神的苦痛を受けた。これを敢えて金銭に評価すると一〇〇万円を下らない。
4 よって、原告は被告に対し、国家賠償法による損害賠償請求権に基づき、一〇〇万円及びこれに対する不法行為の日である平成三年四月二一日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二被告の主張
1 国会議員の立法行為(立法不作為を含む)について
国会議員は、立法に関しては、原則として、国民全体に対する関係で政治的責任を負うにとどまり、個別の国民の権利に対応した関係で法的義務を負うものではないというべきであって、国会議員の立法行為は、立法の内容が憲法の一義的な文言に違反しているにもかかわらず国会があえて当該立法を行うというごとき、容易に想定し難いような例外的な場合でない限り、国家賠償法一条一項の規定の適用上、違法の評価を受けないものというべきである。
そして、本件は右のような例外的な場合に該当しないことは明白であるから、国会議員の立法の不作為に違法性は存しない。
2 内閣総理大臣及び国務大臣について
内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負うが(憲法六六条三項)、内閣又はこれを構成する内閣総理大臣及び国務大臣が、個別の国民に対する関係で職務上の具体的な義務を負うことはあり得ない。したがって、内閣総理大臣及び国務大臣に関する原告の主張はそれ自体失当である。
3 外国人の選挙権(公職選挙法及び地方自治法の違憲性)について
(一) 外国人に、憲法による基本的人権の保障が及ぶか否かは、権利の性質によって判断されるべきものであり、また、憲法一四条一項は、法の下の平等を定めているが、事柄の性質に応じた合理的な根拠に基づく別異の取扱いをすることは許容されていると解される。これを本件について見るに、憲法は、前文において国民主権主義を採り、その具体化として憲法一五条一項は、国民の公務員の選定罷免権すなわち選挙権を規定している。選挙権は、人たるものが当然に有する意味での前国家的権利ではなく、国家の存在を前提として、国家の機関受託者としての法的地位を有する者のみに与えられる国法上の基本権であるところ、憲法一五条一項は、選挙権の主体として「国民」と明記しており、さらに、選挙権が憲法前文及び憲法一条の国民主権の原理から導かれるものである以上、日本国民のみに与えられるものである。そして、日本国民たる要件は、憲法一〇条により、国籍法の定めるところによるものであるから、日本国籍を有しない者は選挙権を有しない。
また、人の持つ参政権が、その人の所属する国の政治に参加する権利である以上、外国人が帰化の要件を充たさず、あるいは充たしたとしても帰化を望まず、他国の対人高権に服している以上、他国への参政権を有しないというのは不合理な区別とはいえない。
(二) 憲法九二条は、国民の民主政治の根源となり、基礎となる地方自治の重要性を意識し、これにいわゆる制度的保障を与えたものであるが、地方公共団体は国民主権の枠組の中で地域社会の公共事務を自ら処理する機構として存在するものであって、憲法九三条二項にいう「住民」は、「国民」すなわち、日本国籍保持者であることを当然の前提とし、全体としての「国民」に対する部分としての「住民」と解される。
地方の政治、行政と国の政治、行政は、相互に密接に関連し、地方における政治的意思決定は、国における政治的意思決定と不可分の関係にあり、また、我が国では、地方公共団体が多くの国の事務を処理している。したがって、国と地方で選挙権について別異の扱いをすることはできない。
(三) 以上のとおり、地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を日本国民に限る公職選挙法九条二項、地方自治法一一条、一八条は、憲法一五条一項、一四条一項、九二条、九三条二項に反するものではない。
第三当裁判所の判断
一公職選挙法九条二項、地方自治法一一条、一八条の違憲性について
1 憲法一五条一項違反について
憲法は、その前文において国民主権の原理を宣言し、これを受けて憲法一五条一項は、公務員を選定し、これを罷免することが国民固有の権利であることを規定している。
そして、国家が国民によって構成される団体であり、主権が国民に存するという以上、ここに「国民」とは、国家の構成員としての国民すなわち、憲法一〇条を受けて制定された国籍法に基づき日本国籍を有する国民であることを当然の前提としているというべきであり、外国人を含まないことは明らかである。
憲法第三章の諸規定による基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としているとされるものを除き、わが国に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきであるが、選挙権を含む参政権は、国家の主権と不可分の関係にあるものであるから、外国人に保障されないことは、国家というものの性質上当然というべきである(最高裁昭和五〇年(行ツ)第一二〇号同五三年一〇月四日大法廷判決・民集三二巻七号一二二三頁参照)。
原告は、定住外国人は、国家の政治的決定に従わざるを得ない者すなわち「社会の構成員」であるから、国籍にかかわりなく参政権を有すると主張するが、右の見解を採用することができないことは、右に説示したとおりである。
2 憲法一四条一項違反について
憲法一四条一項は、すべての国民は、法の下に平等であると規定しており、この規定は、その性質上、特段の事情の認められない限り、外国人についても類推されるべきものと解するのが相当であるが、右に記載したとおり、憲法上、日本国籍を有しない者は、そもそも選挙権が保障されないのであるから、日本国籍を有しない者について選挙権を認めないことをもって、同条項に違反するということはできない。
3 憲法九二条、九三条二項違反について
また、原告は、憲法九二条に定める「地方自治の本旨」(住民自治)及び憲法九三条二項が、地方公共団体の長、その議会の議員及び法律の定めるその他の吏員は、その地方公共団体の「住民」が、直接これを選挙する、と規定していることを理由に、地方公共団体における選挙権は、定住外国人にも保障されると主張する。
しかしながら、憲法九二条が、地方公共団体の組織及び運営に関する事項は、地方自治の本旨に基づいて定める、と規定するのは、民主主義を実行する方式として、その地方の公共事務がなによりもその地方の住民の意思に基づいて行われることを制度的に保障したものであるところ、地方公共団体は、国の領土の一部を区域とし、その区域内においてその区域に関する公共事務を行うことを存立の目的とするのであるから、その存在は国家の統治体制の一側面にほかならず、地方公共団体と国の間には不可分の関連関係があって国から独立した存在ではあり得ない。
したがって、地方公共団体における選挙権も国民主権の原理に基づくものであり、憲法九三条二項の選挙は、憲法一五条一項の「公務員の選挙」に該当すると解されるから、憲法一五条一項にいう「国民」と憲法九三条二項にいう「住民」とは同一の概念に基づくものと解すべきであり、憲法九三条二項が憲法一五条一項と異なり、「住民」という文言を使用しているのは、地方公共団体の長及びその議会の議員等については、その地方公共団体の区域内に住所を有する者によって選出されるものであることを特に明らかにするためであり、それ以上、憲法一五条一項の「国民」と異なる範囲の者を想定しているものではないと解するのが相当である。
4 なお、<書証番号略>によれば、スウェーデン、デンマーク、ノルウェー、オランダ、アイルランド等においては、地方公共団体における外国人の選挙権を、一定の条件のもとに認めていることが認められるが、わが国の憲法の解釈は前述のとおりであって、右諸外国の実例はこの解釈を左右しない。
5 以上のとおり、憲法は、外国人については、地方公共団体における選挙を含め、選挙権を保障するものではないから、地方公共団体の議会の議員及び長の選挙権を日本国民に限る公職選挙法九条二項、地方自治法一一条、一八条の各規定が憲法に反しないことは明らかであり、原告の主張1を認めることはできないから、その余の主張について判断するまでもなく、原告の被告に対する請求を認めることはできない。
二よって、原告の請求には理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官松尾政行 裁判官小野憲一 裁判官井田宏)